連載
#10 コミケ狂詩曲
「業界分析が甘い」同人誌〝転売自由化論〟オタク弁護士の違和感
違法と限らずとも問題視される本当の理由
「同人誌にも、転売の自由を」。そのような主張が先週、ツイッター上で批判を浴び、発言者が謝罪と撤回に追い込まれました。法律で全面規制されているわけではないものの、人々に拒否感を抱かせやすい、転売行為。同人文化に親しむ人々が、強く反発したのはなぜだったのか? 事情に通じた弁護士に、話を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
注目を集めたのは、「全国同人誌転売流通連絡会」を名乗るユーザーが今年3月、noteに投稿した記事です。
タイトルは「同人誌に転売の自由を~私達の考え~」。転売は法律で禁じられておらず、市場での冊子流通量を増やし、読者の手に渡る可能性を高める手立てである。推進すれば業界全体が活性化する――。そのような主張がつづられています。
10月19日夜、当該記事がツイッター上で拡散され、「転売の自由」がトレンド入りしました。すると同人作家とみられる人々から「制作の現場を知らない人の意見」「全ての作家が自著を広く読んで欲しいわけじゃない」などの批判が相次ぎます。
最終的に同会は、noteの記事を取り下げ、ツイッターアカウント(現在は削除)で「同人文化へのリスペクトを欠いていた」と謝罪しました。
一連の出来事が起きて、1週間ほどが過ぎた今、当該の記事が含んでいた論点について振り返ってみたい。そのような意図から、自らもアニメや漫画の世界に浸かってきたという、著作権に詳しい舟橋和宏弁護士を取材しました。
なお同人誌とは、同じ趣味や目的を持つ人々が手がけた冊子のことを言います。一次創作や文芸、評論、研究など、ジャンルは多種多様です。本記事においては、特に断りがない場合、原作がある二次創作物を指します。
最初に議題に上がったのが、同人誌の転売自体に、法的な問題はあるのかということです。
舟橋さんいわく、民法は「契約自由の原則」を規定しています(民法521条)。一部例外を除き、いくらで何を誰に売るかなど売買の内容については、売り主と買い主の裁量に委ねられているとする概念です。
転売も売買することに変わりがなく、この概念のもと、基本的に規制にはなじまないといいます。
また同人誌の場合、著者が冊子の奥付に「転売禁止」と記載する場合があります。一見すると実効性がありそうですが、契約自由の原則に照らして、転売を強制的に押しとどめることは難しいそうです。
「まず、著作権の観点から、二次創作本について考えてみましょう。冊子を取り扱うサークルは自著の著作権を持っています。著作権の中には、売買を制約できる譲渡権がありますが、冊子が一度流通に乗ると譲渡権は消失してしまうのです。これを消尽といいます(著作権法26条の2)」
「次に『転売禁止』という文言を入れることに関してです。過去には『営利目的での転売禁止』と明記されたライブチケットを転売したとして、詐欺罪に問われたケースもあります。ただ購入段階では、転売目的があるかわかりづらい。同人誌に『転売禁止』と入れるだけで十分な対策になるとは、言いにくいところです」
ちなみに新型コロナウイルス流行後、一時的にマスクや消毒液の高額転売が規制されました。これは国民生活を守るための時限的対応であり、あくまで特例です。転売を全面的に規制する法的枠組みは、存在しないのが実情と言えるでしょう。
なお、古物営業法という法律がありますが、これは一度流通に乗った商品の販売にまつわるものです。新品を買ってきて売るということは規制されていません。
noteにおいて、条文に対応する裁判とされたのが、大型テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」(大阪市此花区)の入場チケットに関わる訴訟です。
この訴訟では、USJが策定したチケットのキャンセルや転売の禁止規約が、利用者の不利益になるかどうかが争われています。
チケット購入者が来場できなくなった際、転売が禁じられていると支出が無駄になります。舟橋さんによれば、原告のNPO法人はこの点を問題視し、営利目的ではない転売を認めるなど救済措置を取るようUSJ側に申し入れました。
つまり裏を返せば、営利目的での転売の権利を問う趣旨ではないのです。
「本件訴訟を、営利目的の転売の権利の論拠とするならば、論点が根本的に異なる。今回の同人誌の取り扱いと同列に考えられるかというと、微妙だと思います。その意味で、noteの筆者が持論を補強するための事例とみなしている点に、個人的には違和感を覚えました」
同人誌の転売そのものが、即座に違法と断定できないことはわかりました。では今回のnoteが、なぜ同人作家たちの不評を買ったのでしょうか? 舟橋さんいわく「ひとえに、筆者の業界分析が甘かったということに尽きる」といいます。
シューティングゲームを軸とした同人作品「東方プロジェクト」などを愛好し、同人誌即売会にも参加してきた舟橋さん。ここ数年で、ファンの裾野が広がると共に、コンテンツに金銭的価値を見いだす人々が増えたと感じているそうです。
「キャラクターのCG集や同人ゲームの場合、データで販売するとすれば、制作コストに比して利益が大きく出ることもあります。ただ同人誌について言うと、印刷コストが年々上がっており、1冊あたりの売却益もそれほど多額にはならないと思います。利益の追求には向かない媒体と言えます」
「今年8月、同人ショップ大手『とらのあな』がほぼ全店舗を閉じ、話題を呼んだのは記憶に新しいところです。利益が出づらい領域にもかかわらず、そこで稼ぐことを正当化しようという考え方が、否定的に捉えられた一因ではないでしょうか」
そもそも同人誌制作は、自主的に行われるファン活動です。もうけを出し過ぎて、原作者に迷惑をかけるべきではないという考え方から、販売を「頒布」と言い換える慣習が関係者間で定着しています。
そして著作権者にとっても、コンテンツの維持や販促につながる側面があるため、実害が生じない範囲で黙認されてきた経緯があるのです。
近年は、コンテンツの版権元企業が二次創作向けガイドラインを設け、自分たちの考えを明確化する傾向も強まってきました。舟橋さんによると、多くの同人作家らは、その意向をくんでファン活動をおこなっているそうです。
「著作権者と同人作家の相互理解により、同人文化は成り立ってきました。その関係性に踏み込む営利目的での転売は、同人文化に親しむ人々に、自らのフィールドを無理解のもと侵す行為と認識されうると思います」
「仮に転売行為が適法だとしても、何でもやって良いというわけではないのです」
ところで、同人誌をめぐりしばしば議論になるのが、「二次創作物の制作自体が違法ではないのか」という点です。今回のnoteも、このことに言及。その上で、同人作家が著書の転売禁止を説くことを疑問視していました。
どう考えるべきか。舟橋さんがポイントとして挙げたのが、著作権の本質です。いわく、著作権の本質とは、権利者が「問題である」と感じた侵害行為に対して、公表や流通を差し止められること(禁止権)だといいます。
「逆に言うと、版権元の企業などが『禁じなくてよい』と考えている場合、同人誌を作っても著作権侵害だと言われません。なので『二次創作は著作権侵害なのだから行うべきではない』と、最初から決めてかかって欲しくはないですね」
また過去には、いわゆる海賊版サイトで同人誌の内容を無断で公開したとして、著者がサイトの運営企業に損害賠償を求める訴訟も提起されました。著者の二次創作物の著作権侵害を根拠に、企業側の責任を認める控訴審判決が下されています。
舟橋さんによると、二次創作物については、元となったコンテンツの原作者も、同人誌の著者と同じく著作権を持ちます(著作権法28条)。そのため場合によっては、権利保護やグッズ展開の範囲拡大などの面で、相互に共闘できる余地もありうるそうです。
ここまでの内容を踏まえ、同人作家が冊子の制作時に留意すべき事柄とは、何でしょうか? 舟橋さんに改めて尋ねてみると、こんな答えが返ってきました。
「創作にあたり、どんな行為が法的に問題になるか知って頂きたいですね。同人誌をそのままアップロードする(海賊版など)といったことは論外ですが、二次創作に関する法律を始めとした知識は、持っておいて損はないと思います」
「そして権利を守る法律は、あくまで最低限の取り決めに過ぎません。違法・適法というのも大事ではあります。それに加え、二次創作物を世に出したとき、原作者やファンの人々がどう思うか、社会にどんな影響が出そうかなどと、事前に考えておく。そうすると、トラブルを防ぐ一助になるのではないでしょうか」
特殊な背景事情ゆえ、取り扱いに悩む場面も多い同人誌。しかしその本質は、自らの「好き」を表現し、同好の士との縁を媒介する機能にあります。周囲の人々への配慮を前提として、維持されるよう期待したいところです。
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